走獣余聞・その四 [趣味&小説]
久方振りの更新ですな!
はてさて、兎にも角にも走獣余聞の続編です。
深夜、草木も眠る時刻にヴォルヴォレはそのまま泊まった屋敷の倉庫へと入り込んだ。
明かりと言えば天井近い壁に設けられた小窓から差し込むわずかな月の光だけ。
内部は薄暗く、闇がその部屋のほぼ全体を占めていた。
「そこにいるわね、ユーメイ……」
ポツリと…ヴォルヴォレは呟く。
そこには屋敷の主人が集めた骨董ばかりだというのに独り言だろうか。
「お願い、返事をして。私は貴女を知る者…貴女と貴女の愛しき者を知る者よ」
『アナタは……誰?』
人ならぬ声が聞こえる、懐かしくも悲しき声だった。
「………貴女を、捜していたわ……もうずっと」
『私を…?』
「貴女がずっと待っていた人を…連れてきたの」
『!?……それって…』
「そう…貴女の愛した唯一の人……願って祈って、待ち焦がれた人」
ヴォルヴォレはそう言って、袖から1つの古ぼけた掛け軸を取り出した。
「ここに彼がいるわ……けれど……」
ふ……と途端翳りのある表情を見せる。
緩やかな動作で広げられたその掛け軸は、美しく成長した娘の姿を描いたものだった。
人の目にはただの美人画としか映らない。
だが、ヴォルヴォレにはしっかりと見えていた。
その絵の彼女に寄り添う1つの思念が……。
知りえている過去を紐解くなら、あの家は娘の死を境に徐々に衰退の一途を辿りいつしか絶えた。
そして近隣の村にいまだ残る話には。
その昔近くの村の美しい娘が恋人と約束を交わし、愛しい人を何年も待ったが結局は帰ってこなかったのだと…。
そう、彼は…シェダーチェはついに帰ることはなかったのだ。
そして2人の再会は叶わず時は過ぎ去っていった……。
「私は知っていた。
同じ屋敷の同じ部屋にひっそり置かれているあなた達2人の宿った掛け軸の存在を…。
すぐそばにいるのにお互い触れ合い見えることもなく。
見守るしかできない己の身がどれだけ歯痒かったことか…………」
そう言いながら持っていた美人画を棚へと掛ける。
「いつしか私もあなた達も離ればなれになり、時は流れに流れて………。
それでもこうして動けるようになってすぐに捜したわ、あなた達の行方をね」
棚に置かれていた娘の宿った掛け軸を広げる。
それはまだあどけない娘が東屋のそばで立たずむ絵だった。
「彼の宿ったこれはすぐ見つけだせた…絵が絵ですもの。
でも……貴女を捜すのには苦労したわ」
苦笑いで美人画と向き合うように反対側の棚へとそれを掛ける。
「さぁ呼んであげて……彼の目を覚まさせ今度こそ2人再会を果たすのよ。
私も力を貸すわ…」
今こそ、今こそ長き時の末に2人が相見える瞬間がきたのだ。
やっと……そうやっと。
『シェダーチェ……愛しい人…私の声が、聞こえる?』
密やかな声が、娘のか細い声が向かい合った掛け軸へと掛けられる。
ヴォルヴォレはそれを静かに見守りながら、冷静な瞳を美人画へと向けていた。
これから起きるであろう出来事への対処に少々力が必要となるからだ。
淡い光を放っていた月が雲間に隠れた。
少しばかりの陰影も掻き消えた静かなその場に、どこからともなく温い風が巻き起こる。
ヒュォォォォォ…………
『ぅぅ………ぅ………ぉぉぉ……………ぁぅぁ…………ぁぁぁぁっ』
次第に唸る風にのり呻く声が微かに聞こえる。
それはまるで、苦しみに耐えかねた亡者のような声だった。
≪続く≫
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